No.21:山本直純フォエヴァー 〜歴史的パロディコンサート〜 / 山本直純 指揮、日本フィルハーモニー交響楽団

 Columbia Music Entertainment COCQ-83645-46 / CD 2003

このアルバムは、2002年に亡くなった指揮者の山本直純さんが若かりし頃行ったパロディコンサートのライブテープをCD化したものです。
直純さんの一般的イメージといえば、「男はつらいよ」のテーマの作曲者、森永エールチョコレート「大きいことはいいことだ」のCMあたりでしょうか。

ヒゲの風貌に大げさな身振りの指揮スタイルは、保守的なクラシック評論家もどきには耐え難いものだった様ですが、その音楽的才能は知る人ぞ知るというもので、完璧な耳を持ち、20代でベートーベンの9つの交響曲を完全に暗譜していたそうですし、東京に数あるプロオーケストラを全部指揮したのは彼以外いないそうです。

今や錦糸町のトリフォニーホール(ちなみに私はホール会員です)をフランチャイズとする新日本フィルハーモニーを小沢征爾とともに立ち上げ、世界を目指した小沢とは対照的に一般大衆の中にオーケストラを広めるために、メディアを上手く利用した人でもありました。彼は自身が目立ち、ピエロとなることで、音楽やオーケストラの素晴らしさを広く知ってもらおうとしていたのでしょう。

そんな直純さんの活動のひとつに1972年から10年間続いたTV番組「オーケストラがやってきた」があります。当時、上野の音楽学校のホールで公開録画が行われており、中学生だった私はそれに何度か行く機会に恵まれました。
そこには、洗濯機の排水ホースを振り回して楽しげに解説していた直純さんがいました。ホースの長さや振り回すスピードで音程を作って、楽器として活用する。曲は石井真木の「モノプリズム」だったと記憶していますが、学校の音楽の授業よりもよっぽど刺激的で好奇心をそそられる内容でしたねえ。

さてさて、そんな直純さんが35〜37才の頃に行ったパロディコンサート。
自らの編曲ですが、クレジットには「編曲」ではなく「変曲」と書かれています。
同じ頃、ロンドンの冗談音楽「ホフナング」が注目を浴び始めてますが(このCDはいずれ紹介しますね)、それに触発されて日本でも「ウィットコンサート」なるものが企画され、このような珍曲、聴き方によっては超名曲が誕生したようです。

パロディ曲とはいっても、単純に調やテンポや音色を変えただけでないのがステキなところ。
ネタとなっている元曲は、ここではとても書ききれない数なので、自己流解説をば・・・

交響曲45番「宿命」
 ベートーベンの第1番から第9番までの交響曲の数字を単純合計して第45番としたそうで、タイトルは最近のドラマのテーマ曲ではなく、第5番「運命」をもじったもの。
 少し前のTV番組「夜のヒットパレード」で、異なる曲を同時に歌ってしまうコーナーがあったけれど、この「宿命」は当にそんな構成で、実は「ヒッパレ」の方が後発なのだ。
 9つの交響曲、有名どころの序曲、エリーゼのために等のピアノ曲のおいしいフレーズと民謡や童謡唱歌等が巧みに組み合わされ、例えば、交響曲第9番第4楽章の「歓喜の歌」のウラで「木曽節」が鳴っている、第6番第3楽章と「ソーラン節」が2小節毎に入れ替わる等々・・・・、かと思えば、第7番第4楽章がいつのまにかデキシーランドに変わっていたりして、意表を付くアレンジの数々。6部構成で約30分間の演奏は、ニヤリとする展開の連続。

ピーターと狼
 この曲は登場する動物や人物をオーケストラ楽器で表現し、語り手が物語を進行させてゆく内容です。オーケストラが子供向けに企画するコンサートではよく取り上げられ、著名俳優や芸能人が語り手として参加することも多いようです。
 でも、ここはパロディコンサート。演奏は原曲どおりですが、語り手は何と志ん朝師匠。
まあ、何とも前口上が長いけれど、本題に入る前からしっかりと笑える。アドリブなのか、予定にない動物「タヌキ」まで登場させようとして、オーケストラが慌てています。
  残念ながら、志ん朝師匠も2001年に亡くなられてしまいましたが、今頃、少し遅れてやって来た直純さんと再演しているかもしれませんね。

■ピアノ狂騒曲「ヘンペラー」
 ベートーベンの5つのピアノ協奏曲をベースに、モーツアルトガーシュウィンラフマニノフ、グリーク、リスト等のピアノ曲で構成。これが楽しいのは、ピアノがオリジナルどおり演奏しているのに、バックのオーケストラはまったく別の交響曲や、はたまたアメリカ国歌やフランス国歌まで飛び出してくる意外性。「協奏曲」ではなく「狂騒曲」というのが妙な納得性を持っている。タイトルはピアノ協奏曲第5番「皇帝」をもじったものでしょう。

■ヴァイオリン狂騒曲「迷混」
 これも「協奏曲」ではなく「狂騒曲」で、モチーフ曲はメンデルスゾーンのバイオリン協奏曲。この曲は俗に「メンコン」と略して呼ばれていますが、タイトルはこれをもじったものでしょう。内容は「ヘンペラー」のヴァイオリン版です。ここまで通して聴いてくると、「もう、どうにでもして!」って感じになりますわ。

このようなパロディ曲を聴いて思うのは。クラシック系の奏者ってのは、この手の遊びが意外と好きなんだなあ、ってこと。演奏のノリは当然として、わざとタイミングをずらしたり、妙な間をとったりして、演出することが重要なんだけれど、何だかねえ、楽しそうにやっていますね。「ヘンペラー」や「迷混」は、独奏者のアイディアも盛り込んでいるらしいですよ。
CDに収録されている聴衆の笑い声、歓声、拍手、手拍子から、会場の盛り上がりがよ〜くわかります。欲を言えば、映像で見たかった・・・

ただ 、パロディの場合、ベースとなっている曲を知らないと面白みも半減でしょうから、聴衆にそれなりの知識が求められるのも確かでしょうかね。

ところで、昨年、このパロディを再現したコンサートが企画されました。
もちろんそこには直純さんの全身で指揮する姿はありません。
で、もれ 聞くところによれば、前半は聴衆に硬さがあったそうな。
ステージに登場するだけで場の空気をつくってしまう。彼そのものがステキなパロディだったのかもしれないですね。